鳥取地方裁判所 昭和60年(わ)37号 判決 1986年12月17日
主文
被告人甲を懲役二年一〇月に、被告人乙を懲役二年に処する。
未決勾留日数中、被告人甲に対しては五二〇日、被告人乙に対しては五六〇日を、それぞれその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第一被告人甲は、昭和五六年一二月一八日、T・A子(昭和三九年五月一九日生、現在離婚してK・A子となつている)と婚姻し、鳥取県八頭郡智頭町大字真鹿野一二六番地において同居していたが、日ごろから同女に結婚前の異性関係をなじる等して度々暴力を振い、これに堪えかねた同女は再々実家に戻つたり他所に身を隠したりしていたが、その都度被告人甲に発見されて連れ戻されていたところ、同女が昭和五九年九月下旬ころ被告人甲の暴力に怯えて再び逃げ出したことから、被告人甲は、友人の被告人乙に運転を頼み一緒に同女を連れ戻すため、当日夜、右乙の運転する車で同女の実家である同郡船岡町隼福二七三番地の一K方付近に行つて同女を待ち伏せていたが、同女がなかなか帰つて来ないため翌日午前家人がすべて留守になつたのを見計らつて右実家に上がり込み、同女を待つていたところ、被告人甲が連れ戻しに来るのを恐れ一夜を付近の集会所で過ごして見つからないように右実家に戻つて来た同女と出会い、そこで被告人甲が同女に自宅に帰るよう説得したが、これに応じないので、被告人両名は強引に同女を被告人乙が運転してきた普通乗用自動車に乗車させて前記被告人甲の自宅に連れ帰る途中、気晴らしのため一時脇道に入り、同日午後一時ころ、同郡智頭町大字真鹿野地内国道五三号線真鹿野地区入口から南方約三キロメートルの林道に至るや、被告人甲は同女と性交したい気持になり、その際勝手に家出したり一晩中実家にも戻らなかつた同女が途中他の男と浮気でもしていたのではないかと勘繰り立腹していたので、その腹いせに同行の被告人乙にも同女と性交させてやろうと考え、一時小用を口実に車を停めたあと、被告人両名とも降車し、小用をしながら被告人甲が右乙に「これからA子と関係するからお前もやらんか」等と言い掛け、被告人乙もこれに賛同し、当時同女がさような性交に応じること等およそ考えられなかつたことから、ここに被告人両名は同女を強いて姦淫することを企て、共謀のうえ、まず先に被告人甲だけが停車中の右自動車の後部座席に乗り込み、同女に「脱げ」と命じたところ、同女がこれを拒んだので、同被告人が同女の顔面を手拳で殴打し、頭髪をつかんで引つ張り、ブラウス(昭和六〇年押第一二号の1)の前胸部を引き裂き、ズボン及びパンティを引き下げ、更に腹部を殴打する等して同女の反抗を抑圧し強いて同女を姦淫し、その途中被告人乙も同車に乗り込み、暫らくは前部運転席からその情況を見ていたが、そのうち被告人甲の誘いで後部座席に移り、被告人甲が姦淫中の同女の乳房に触つたりしたのち、嫌がる同女の手を振り払う等の暴行を加えたうえ、被告人甲と位置を交替して、既に右一連の暴行及び被告人甲に対する恐怖から抵抗する力を失つている同女を強いて姦淫し
第二被告人甲は、昭和六〇年七月二一日午後〇時五分ころ、鳥取市栄町六六三番地パチンコ店「サンロード会館」前路上において、同店店員大谷秀一(当時三四歳)にささいなことで因縁をつけ、同人に金員を要求し、これを断わられるや、いきなり、右手拳で同人の顔面を一回殴打し、よつて、同人に対し、加療約五日間を要する顔面打撲症の傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)<省略>
判示第一の事実認定の補足説明
当裁判所は、前掲各証拠を総合すれば、右強姦に係る公訴事実(以下「本件公訴事実」などという)を判示の限度で優に認めることができると思料するが、被告人らは、捜査の最終段階でこれを概略認める旨の供述をしながら公判廷において改めて否認し、弁護人らも被告人らの弁解に沿つて本件強姦につき無罪を主張しているので、この点の判示認定の補足説明をしておく。
一 被害者であるK・A子の供述の信用性
前掲K・A子(以下「A子」という)の供述は、細部においてやや曖昧な点があるとはいえ、本件公訴事実に関する限り一貫性があり被告人両名からの強姦状況など相当詳細かつ具体的なもので内容においても不合理な点はなく、他の関係各証拠、客観的事実とも合致しており、十分信用できるものである。
しかし、弁護人らは、右A子の供述の信用性につき種々論難するので、なお若干補足的に検討する。
(一) 先づ、弁護人らは、本件はA子が被告人甲との離婚訴訟を有利に展開するため同女によつて仕組まれたものである旨主張し、被告人らもこれに沿つた供述をなすが、右目的のためだけならば前掲各証拠によつて認められる被告人乙の日ごろの同女に対する常軌を逸した暴力及び同被告人の怠惰な生活態度等を取り上げれば十分であつて、同女がことさら本件のような異常で自己にとつても極めて不名誉な強姦の事実を捏造して告訴するとは到底考えられない。
(二) 弁護人は、本件犯行後、いつでも逃げうる状況にあつたにもかかわらず、A子が一か月近くの間被告人らと共に行動していたことは本件公訴事実が存在しなかつたことの証左であり、最終的に同女が家出したのは同女が予定されていた就職を嫌つたためである旨主張する。
関係証拠によれば、A子が被告人らと本件犯行直後から福井県の被告人甲の姉の家に出かけたり、酒を飲んだりして度々外出することが多かつたことが認められるが、同女は、この点につき、犯行後被告人らは同女が本件のことを警察に通報するのを極度に恐れ、同女だけを残して外出するときには同女を鎖につなぐまでして常時監視しており、これまでの甲の自分に対する度重なる暴力を考えると、もし逃げて失敗した場合のことが怖く、同居している甲の父母は甲の振舞におそれおののいており同人らに助けを求めることもできず結局被告人甲の意のままになるしか仕方がなかつた旨供述していることや、同女は、昭和六〇年一〇月三〇日、隙をみて逃げ出してから必死に駐在所に助けを求め、その後婦人相談所に保護されてからも一か月近くは異常に怯えていたことが認められ、これらの事実に鑑みると、前記A子の供述は十分措信できる。
(三) 弁護人は、A子の性格、家庭状況、過去の異性関係、非行状況、被告人甲との結婚に至る経緯、結婚後の生活状況等をとらえて、同女の供述の一般的信用性を問題にするが、そのことから直ちに同女の供述の信用性を否定することができないことは明らかであつて、重要なことはその供述内容や他の情況証拠、客観的事実と対比して矛盾がないかということである。
二 被告人両名の起訴後の供述調書の信用性
被告人らは本件起訴後、本件公訴事実をほぼ認める旨供述するに至つたが、同人らの取調べにあたつた証人大田勝行、同小谷照美の当公判廷における各供述によれば、被告人らは起訴前には自供しない限り起訴されない等と強気の言動をしていたが、起訴の事実を知らされて大変ショックを受け、右大田、小谷らが話してはどうかと勧めるとさして抵抗もせず素直に本件公訴事実を認めるに至つたことが認められる。
勿論右起訴後の被告人の取調べに問題がないわけではないが、被告人甲に関しては、同人及び被告人乙の起訴後の捜査官に対する各供述調書は、弁護人の同意を得て適法に取調べられ、被告人乙に関しては、それらの供述調書は弁護人から取調べに異議が出され、検察官は同被告人の起訴後の各供述調書の一部の証拠申請を撤回し、他は当裁判所が証拠として採用しなかつたが、被告人甲の検察官に対する昭和六〇年四月一〇日付供述調書はもともと任意性に問題はないので被告人乙に対しても刑事訴訟法三二一条一項二号に基づいて採用、取調べがなされており、これら適法な取調べを経た被告人らの捜査官に対する右供述調書とくに被告人甲の検察官に対する昭和六〇年四月一〇日付供述調書は、捜査官から被害者の供述をもとに姦淫状況について示されるや、あえて違うとして自分で図面を作成したり、強姦の共謀の態様について供述の訂正をし、自己に有利な事実も十分供述していて他の関係証拠にも合致しており信用性が高いものである。
三 一方、被告人らの公判廷における弁解の要旨は、「被告人らは、A子を連れ戻すため同女の実家に行き、被告人甲の説得により同女もそれに応じて帰ることになつたが、いざ車に乗り込む際同女が帰るのを渋つたので、その腕をすこし引つ張つたりしたがそれ以上暴力を振つて同女を車に連れ込んだことはない。本件犯行についても犯行現場において被告人甲と同女とが車内で性関係をもつたが、その際同女がてれるときのいつもの癖で甲の頭を叩いたので甲が軽い気持ちで同女の頭を軽く叩いただけで他に暴行は加えてないし、同女が着ていたブラウスが破れたのは甲がその前胸部をつかんだところ同女が体をよじつたことによるものである。被告人乙は、甲と同女が車の後部座席で関係しているのを見て興奮して運転手席で自慰行為をしたに過ぎず、同女の体に指一本触れていないばかりか、後部座席へ移動したこともない。」というものである。
しかしながら、被告人らの右弁解は以下のとおり到底信用できるものではない。
(一) 被告人らは、前記のとおりA子を実家から連れ出す際に格別の暴行を加えていない旨供述するが、この点につき証人福田泰三は、泣きながら木にしがみついて帰るのを嫌がつている同女に対して被告人甲がその顔面を手拳で殴打したり腹を蹴つたりなどするのを目撃し、同女が右福田に助けを求めたが、被告人乙が福田の前に立ちふさがり同人は同女を助けることができなかつた旨供述しており、右福田は、本件と特別の利害関係のない第三者であつて、その供述は十分信用できるものであるから(ただ、福田は、二人連れが被告人らであるかどうかについての記憶は必ずしも明らかでないが、被告人らが福田と出会つたこと自体は同人らも認めている。)、被告人らの弁解は先づこの点で事実と大きく食い違つている。
(二) 次に、被告人らは、本件犯行当時A子が着用していたブラウスが破れたのは同人が体をよじつたためである旨供述する。
しかしながら、右ブラウス(昭和六〇年押第一二号の1)は、一番上のボタンは付いたままで、前左胸の部分が四〇センチ余りにわたり縦に裂かれており、しかも本件犯行後右破れが拡がつたなどの事情は全証拠によるも窺うことができないから、右破損は被害者であるA子の供述どおり、嫌がる同女に対して被告人甲がブラウスを強い力で引つ張つたことによつて生じたと見るのが自然である。
(三) 被告人らは、被告人乙は、A子の体に指一本触れることなく被告人甲とA子の性行為を見ながら自慰行為をしていたに過ぎない旨供述する。
そして、被告人甲は、乙は甲が渡した前記A子のブラウスで右自慰行為後の陰部を拭いて処理した旨供述し、他方当時者の被告人乙は車内にあつたタオルを甲から渡してもらつて処理した旨それぞれ異なる供述をしており、この供述の食い違いについて何度か公判で確認を受けたがいずれも自分の記憶が正しいとして譲らないところであるが、被告人甲の供述が正しいとするなら、ブラウスに当然乙の体液による同人の血液型が検出されて然るべきなのに、関係証拠によれば、同人の血液型は検出されず、かえつて甲と同じ血液型が検出されている。
そればかりか、被告人らは、捜査段階の取調べにおいて乙の自慰行為に触れる供述は全くしておらず、公判において突如供述するに至つたものである。
以上によれば、被告人らの右弁解は到底措信できない。
(四) 本件犯行を否認する被告人らの供述は捜査・公判を通じて全く一貫性がない。
先づ、被告人甲についていえば、起訴前は当初「本件公訴事実はもとより乙と一緒に迎えに行つたり本件現場へ行つたことすらない。」と供述し(被告人甲の司法警察員(昭和六〇年二月二五日付)及び検察官(同年三月一日付)に対する各供述調書(以下月日を除いて「員面」「検面」などと略す))、その後記憶がはつきりしないとことわつた上で「乙と二人で迎えに行きその後本件現場で自分とA子とが関係を結んだように思う。」と供述(同月三日付検面、被告人甲に対する関係でのみ取調べ)、更に「乙と二人で迎えに行つたり現場に行つたりしたことはいずれもないと思う。」と前供述を覆えし(同月五日付検面)、起訴後は乙とA子とが関係を結んだか否かの点を除きほぼ本件犯行を認め(同年四月一〇日付検面)、公判廷で再び本件犯行を否認するに至つた。
次に、被告人乙についていえば、起訴前は当初「甲とA子を迎えに行つたことがあり、嫌がる同女を後ろから押したりして半分無理やり車の中に押し込んだが、本件現場には行つていない。」と供述(被告人乙の昭和六〇年二月一三日付員面)、その後「A子を無理やり車の中に押し込んだことは見ていないので分からない。」(同月二二日付検面)と供述が変わり、更には「甲とA子を迎えに行つたことすらない。」(同年三月四日付検面)と前の供述を悉く覆えし、起訴後は前掲取調べ官の各供述によれば本件犯行を概ね認め再び公判廷でこれを否認するに至つた。
被告人らの供述は、このように次々と変転しており、同人らはこの点について種々弁解するが、いずれも納得しうる内容ではない。
このように、被告人らの供述は、場当り的であり同人らの公判廷の前記供述の信用性を大きく減殺させるものである。
以上に検討のとおり被告人らの前記弁解は到底信用できるものではない。
(法令の適用)
被告人両名の判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、一七七条前段に、被告人甲の判示第二の所為は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、被告人甲の判示第二の罪については懲役刑を選択し、同被告人の判示第一の罪と同第二の罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、右各刑期の範囲内で被告人甲を懲役二年一〇月に、被告人乙を懲役二年にそれぞれ処し、被告人両名に対し同法二一条を適用して未決勾留日数のうち被告人甲について五二〇日を、被告人乙について五六〇日をそれぞれ右の各刑に算入し、被告人両名についての訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書によりいずれもこれを被告人らに負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官相瑞一雄 裁判官正木勝彦 裁判官金光健二)